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不知火町松合
(不知火海に面した小さな集落に、同時多発的に改修工事が発生しています。)
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松合地区は宇土半島南岸、不知火海に面して形成されている多くの集落と同じように、小河川が注ぐ小さな入江に発達しました。
肥後の国が細川藩の時代にはここから海産物が水揚げされ、醸造業も盛んでした。
ただし、再三大火を経験し、町の建物は徐々に耐火性の高い土蔵白壁づくりとなっていきました。
その多くは既に消失したものの、今なお六十余棟が残っている地元に保存会が発足し行政がその活動を支援するという形態をとっていますが、外部からの視線を集めた始めた今、修復運動をその技術の継承を通して産業展開へと導こうとする論議が始まっています。
ところで、もう1つ興味深いのはこの様な様々な取り組みのプロセスや成果が伝達されていく仕組み(あるいは媒体)です。
工夫次第ではほんの1つの建設修復事業でも、その影響効果を大きく広げることが可能と思われます。
これら3つの現場をたびたび巡り歩き、そこから発信されてくる声なきメッセージに耳を傾けていきたいものです。 |
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